生きとし生けるもの 中編
ずるがしこい黒い鳥(以後Kとする)をTVで特集していました。胡桃を道路に落として車に踏ませ中身をいただく、コップの水が深くて届かないときは小石を落として水位を上げまんまといただく、Kの知能は小学生並みだそうです。そういえば昔、東大宮はエサが少ないので毎朝、東北線、赤羽線(現在は埼京線で一本)とパンタグラフの上を乗り継ぎ池袋まで出勤したらふくご馳走を仕込んでまた帰ってくる、なんていう都市伝説がありましたがまんざらウソでもなさそうです。我が家も相当Kの被害に遭っています。頭上に糞をかけられたり、洗濯物のハンガーがなくなったり、ゴミを荒らしそれを町内会に怒られたり、きゅうり、みかん、ブドウ等、もう一日待って明日収穫しようと思うときに限って翌朝全部なくなったり、到底数え切れません。最近巣作りなのか早朝からガーガーわめきちらし家族みんな睡眠不足に陥っています。そしてついにその日がやってきました。ベランダの黒い羽はすぐにKのものとわかりました。そしておそるおそるたらいを覗くとそこにはこびりついた苔だけが空しく漂っていました。大切に育ててきたカメ吉が忽然と姿を消している・・にわかにこの超常現象が理解できませんでしたが、Kにやられたとわかりしばし呆然と立ちすくみました。しまった、網を張っておけばよかったという自責の念は、カメ子でやらかした失態いわば古傷をえぐられるような痛みとなり、まもなくKに対する怒りに変わりました。カッカッというあざ笑う声が聞こえ、見上げると電線の上に下手人いや下手鳥と思われるKが糞をたらしながらこちらを見下ろしほくそ笑んでいました。こちらも頭がカッカッし、常軌を逸した私はすかさずパンツ一丁もかまわず家を飛び出し、こともあろうに玄関前の階段を踏み外し右足首を内反捻挫してしまいました。昔スノボでやらかした古傷と同じ部位にもかかわらず、復讐の鬼と化した私にはもはや痛覚などありませんでした。しかしさすがにこの格好では大田区不審者情報に通報されるのは必至と思った私は、一旦家に引き上げ身だしなみを整え深呼吸をし、確実にKを懲らしめる作戦を練りました。次々と頭の中にみなぎる奇策の数々・・これまで緊急手術のときでもこんなにアドレナリンがでたことはございません。早速マンモグラフィー読影用の巨大な虫眼鏡を探しました。へへへ、これで奴にアッチイ思いをさせてやる。私は半笑いでした。すでに脳内はセロトニンだらけです。しかししばらくしてそれが無意味なことがわかりました。1)K越しに太陽があること(自分が黒焦げになります) 2)レンズの焦点距離が到底電線に届かないこと、以上の理由より・・ていうかそんな小学理科レベルのことをしばらくして気付いた自分はもはや心身喪失状態といっても過言ではありません。奇策その2、スリングショットいわゆるパチンコです。ひらめきも束の間、K越しに隣家の窓があり割ったら一大事、却下。奇策その3、鷹の声をネットで探してラジカセに録音して大音量で流す・・絶大なる効果が期待されるもカセットテープが見つからず却下。そして運命の奇策その4。嵐山のお母さんが農協からもらってきた目玉状の風船(直径80cm位、黒赤黄の同心円、鳥害から農作物を守る、田んぼとかでよく見かけるアレ)を将来なんかで役立つかも、と拝借していたのを思い出し大急ぎで納戸の中をひっくり返し探し出しました。勝利を確信した私はブツを握りしめ大笑いで階段を駆け上がりました。独り言で「ほーら役に立ったぁ」もはや狂人でございます。居間を走り抜ける際、家族の冷たい視線を感じました。父親としての威厳を失ってもいい、減点パパで伸介さんに全部×をくらったって構わない。普段穏やかなジキル博士は昼間にもかかわらず完全にハイド氏に変身していました。カメ吉のあだ討ちの一念だけで私はすべてを捨てベランダに飛び出しました。くらえ~目玉風船だ~! 伝家の宝刀を振りかざしました。ところがKは微動だにしません。うそだろ。今度はもう少し高く振り振りし、さらに鷹的な声をサラウンド気味に加えてみました。しーん。まじかよ。唐突に大学の生理学の授業を思い出しました。丸いものが横に二つ並ぶとサルの赤ちゃんはそれを目で追うという実験です。一つでも縦に二つでもだめなのです。そ、そうか、ひらめいた! 思わずアルキメデスの真似をしてエウレカと叫びそうになりました。もんどりうって納戸にもどり、二つ目の目玉を奪取した私は、ついに最強のスーパーサイア人としてベランダに再登場しました。徐々に私の脳内はノルアドレナリン優位になりついに、どかーん! 二つの元気玉を両手にかかげた瞬間、Kはゲッゲッゲーとおぞましい声を発し羽を痙攣させながら逃げていきました。歓喜の瞬間でした。やったー、ちょー気持エエ、なあんも言えねえ! 私はvictoryのスタイルのまま両手で目玉を上下させ、金メダルを取った喜びを真っ先に家族に伝えるため窓越しに振り返ろうとしたそのときでした。道路に人影を感じ見下ろすと、ゴージャスなおばさまが軽蔑の白い目というか完全なる白目でこちらをご覧あそばせておりました。それはまさしく下にいるのに上から目線、すなわち重力の反転現象に他なりません。ラップ調に「まあ、あのざま、なんざましょ」、読唇術では確かにそう読み取れました。不審者情報として通報されれば今度こそ瞬殺で身元が割れます(なんてったって不審者が自宅にいるんだから)。やばい・・必死に洗濯した目玉を取り込んでいる体を装うもあまりに苦しく、目玉で顔を隠しながら居間に逃げ込みました。暖かい部屋と冷めた視線の中で、羞恥心ととりあえずの達成感を味わいソファに横になりました。するとたちまち脳内がメラトニン優位となりうたた寝しました。ふと目を開けると窓の外に絶望的な光景が広がっておりました・・・(後編に続く)